「ピアノ教室で『もっと練習しろ』って怒られたって…もう行きたくないかも。」子供のつぶやきがネット上で話題になっている。だが、その背景には「家での練習」という課題が隠されている。ピアノ教室は子供たちの技術の向上を目指していると言えど、その過程で意欲を損なう要因にもなっているようだ。
楽しむための趣味と、練習への取り組み方を競うという違いが、この議論を複雑にしているのである。
ピアノ教室の建前

ピアノ教室の建前は技術の向上である。これが子供たちにも明確に伝えられるべきだ。しかし、実際には教室の要求と子供たちの認識がズレることが多く見受けられる。多くの子供たちはピアノを単なる楽しみとして捉え、上達よりもその場の楽しさを優先してしまう。
一方で、「ピアノは家でも弾くのが普通」という指摘があるが、実際には他の習い事と比較するとピアノだけ特別に家での練習が求められる状況である。例えば、ソロバン教室に通っている子供が家でソロバンを練習することは少ないだろう。この差異は何故なのか。
ピアノ教室では、技術的な進歩を求めるためには家での練習が不可欠であり、それがなければ教室に通う意味が薄れる。
「なんのために教室に通うのか」をはっきりさせることが重要だ。もし上達を目指すのであれば、家での練習は必須である。一方で、ただ楽しむだけであれば、家での練習をしなくても良い。
しかし、ピアノに関しては、練習しないと上達することができない曲が多く存在するため、教室に通う意味がなくなる段階があると考えられる。教室側は子供たちに対して、練習なしでは上達は望めないという事実を理解させるべきである。
子供たちの実感

子供たちはピアノ教室を楽しみの場と捉えている。しかし、教室の本質は技術向上であり、それが競争を目的としていることに変わりはない。ピアノ教室が単なる趣味の延長線上にあるものではなく、練習が必要であるという理解が求められる。
「趣味なら家でやればいいのでは」という声もあるように、わざわざ怒られに行くような場所が必要なのか疑問視されるのも無理はない。一方で、子供たちの意欲と教室の目的が一致しない場合、ピアノ教室はただの場所貸しに過ぎないという現実がある。
厳しい講師に代わってから家での練習が苦痛となり、ピアノを辞めてしまう子供もいるほどだ。そもそも、反復練習が必須のピアノは趣味にはならない場合が多く、それが義務のように感じられたら趣味そのものが台無しとなる。やりたくない練習を押し付けられるよりも、辞める方が良いという意見も少なくない。
子供たちの意欲と教室の目的が乖離している限り、ピアノ教室はただの時間潰しに過ぎないという厳しい現実がある。
本当の問題

ピアノ教室の現場では、子供たちの本音と教室側の意図が食い違っていることがしばしば見受けられる。子供たちはただ楽しくピアノを弾きたがる一方、教室側は技術の向上を目指していることが多い。この乖離は、ピアノ教室に通う意義を根本から揺るがす大きな問題である。
例えば、ある子供が厳しい練習を苦手としている場合、趣味で楽しむためだけに通っているなら、その要求はもっと柔軟に対応されるべきだ。しかし一方で、「頑張れば伸びる」という競争心を育てるための指導もまた重要である。このバランスを取るのは簡単なことではない。
家での練習が厳しく求められる一方、子供の意欲を損なわないようにすることも求められるからだ。
コメントにある通り、スポーツの習い事とは異なり、ピアノ教室では自宅での練習が必須であることが多い。これは、他の習い事ではあまり問題とされない「練習場所」や「相手」の問題ともまた別な観点から見なければならなくなる。結果として、子供一人ひとりの本音がどこにあるのかを突き詰めて考える必要がある。
楽しくて楽しくて仕方ないレベルで通っているのか、それとも上達のために苦労を厭わない覚悟があるのか、その違いを講師が見極めることで教室での指導法も変わるはずである。
子供の視点からすれば、「楽しんで通いたい」という意見も当然ある。しかし、この声だけが突出し、他の視点が無視されるのは不満である。また、親や先生の意向が強すぎる場合、子供の本当の気持ちが見えにくくなることも多い。
趣味で楽しむためのコースと、技術を磨くためのコースと峻別されれば、もっと良い選択肢が増えそうだ。子供たちの本音を理解することが、ピアノ教室における第一歩であることは間違いなさそうだ。