「自粛生活が楽しかった」という声が、社会の不均衡を浮き彫りにしている。一部のインドア派にとっては、自粛生活は理想的な時間となったようだが、その一方で、多くの人々は大きな犠牲を強いられたのである。この対比こそが、現在の社会構造の問題点を象徴していると言えるだろう。
自粛生活が楽しかったのはなぜ?

一部の人々にとっては、自粛生活はまさに楽園だったようである。インバウンドの足音が遠ざかったことで、観光地が閑散となり、インドア派にとっては朗報であったらしい。また、「格安旅行」を楽しむ機会が増えたという声も聞かれる。
椅子席で適度な距離を保てるライブハウスも、自粛生活に追い込まれた人々にとって有り難かったのだろう。
しかし、この楽園は誰の犠牲の上に成り立っているのか。コロナ禍が長期化する中、観光業や航空業界は死活問題を抱えていたはずである。また、五輪選手たちの顔が「人殺し」として描かれる一方で、はてな村では普段の良識はどこへ行ったのか。有事になると皆、本性を現すものである。
不謹慎かもしれないが、そんな状況は懐かしいとさえ思ってしまう。ゾンビ映画が頭をよぎるこの世の中、インドア派にとってはまさに天国だったのかもしれないが、他の人々にとっては地獄だったのだろう。
子育て中の親は大変だった?

自粛生活が一部の人々には楽しめただろうが、子育て中の親にとってそれは地獄同然だったことは間違いない。子供がいる家庭は外出の自由を奪われただけではなく、家事と子育ての負担が更に重くなっただけでなく、在宅勤務を余儀なくされても、子供の面倒を見ながら仕事の量も増える一方だった。
引きこもりを楽しめた声と比べると、その落差は際立つ。子育て中の親たちは自粛期間中に日々が戦いだったと語る一方で、独り身や子供のいない環境では行事や外出がなくなったことで一見楽になったのかもしれないが、それは単なる自己満足に過ぎない。
一方で、子育ての苦労だけでなく在宅勤務による隠れ残業の増加や仕事とプライベートの区別が難しくなったという声も聞かれる。子育て中の親たちは、そういった現実を抱えつつ、日々の生活を乗り越えてきたのである。
飲食業界は打撃を受けた?

子育ての苦労に喘ぐ親たちとは対照的に、飲食業界は自粛生活の影響で大きな打撃を受けた。オフィスでテレワークができる一方、飲食店の経営者はそんな甘い顔は見せられない。客足が遠のく中、従業員の給与を維持し、家賃や材料費を捻出するためには赤字覚悟の営業を強いられたに違いない。
一部の人たちはオンライン飲み会でなんとかやりくりしたかもしれないが、店舗の経営者はそんな甘い顔は見せられない。
報道からは読み取れないが、その背後にある苦悩とストレスは計り知れないだろう。自粛生活が楽しかったという声に聞き飽きた頃、飲食店の閉店やリストラのニュースが聞こえてくる季節は必ずやってくる。一方で、身内が亡くなった訳でもなく、生活の不安もなかったなら、そりゃ自分は楽しかったと思う人もいるだろう。
だが、その安穏な声と、飲食業界の苦境には大きな落差がある。子供の成長の遅れや学力と体力低下は目立つ一方で、規制すべきでないところもあったのかもしれない。リモートワークの普及は労働力側には良かったかもしれないが、飲食業界にとっては厳しい現実が待っていたのである。